あかとくろとあさぎ

2021年10月公開映画『燃えよ剣』を楽しんでいる山田担のブログ

映画『燃えよ剣』(2021年版)感想(ネタバレを含みます)

まず、圧倒的なスケール感とディテールの細かさで、「新撰組がいた時代」がスクリーン上に再現されていたのに驚きました。
ロケ地の多くが新撰組の時代にも存在した史跡であったり、着物にしっかりと使い古された風合いがあったりと、その時代の空気感を再現しようという試みを画面のあちこちから感じ、それだけで圧倒されてしまいました。
大きく変わりつつある時代の中で、武州の片田舎から夢を抱いて京へ行き、侍になろうとした土方歳三とその同時代の人間たちが、とてつもないリアリティでそこに存在していました。

 

文庫本上下二巻分になる原作を三時間弱にまとめるにあたり、再構成には様々な方法があったのではないかと思います。
原作の印象的なシーンをピックアップし、ダイジェスト的にまとめるというのが一番ベターなやり方のように思えますし、実際に今作もそれに近い形だったように感じました。
そんな今作で特筆すべき点は、土方歳三という人物の一生をこの短時間でまとめるにあたり、「士道」にこだわり新撰組を作った彼が、晩年はなぜ洋装に身を包み西洋式軍隊を率いたのかについて一貫性が見出せるような作りになっていたことだと思います。
激動の時代において、最後まで筋を通した人間——あくまで史実を脚色した小説に基づいて作られた映画作品であるため、実際の彼がどういう人物だったのかはわかりませんが——それが今作における「土方歳三」という人間だったのだと思います。
岡田准一さんの無骨で一本気な佇まいも相まって、この土方歳三という主人公は常にぶれる事なく構えてくれていました。
だからこそ、奔流のように押し寄せる数々の衝撃的な出来事を、私たち視聴者も受け止めることができたのだと思います。

 

また、土方はじめとする新撰組内の人物だけでなく、この時代の様々な勢力に属する人々が、どういった利害関係にあり、互いにどのような思惑を抱えていたかについても、かなり丁寧に描かれていたように感じました。
そのため、新撰組というやや特異なポジションにいた人々の視点のみならず、多様な立場からこの時代の変革を見つめることができたように思います。
特に松平容保公が印象的で、彼の苦しみや葛藤が生々しく伝わってきたからこそ、この転換期に犠牲となった多くの人々の存在を忘れずにいられました。

 

新撰組内の人物に関しては、ふとした描写に人間味を感じ、色んな隊士たちに愛着を抱いてしまいました。
例えば、酒乱で豪放磊落ながら、知的でどこか哀しさのある芹沢鴨。劇中での彼はあまりにも悪逆非道で、沖田に「自分が出会った中で一番の善人かもしれない」と言わしめたことに(『新撰組血風録』に出てくる台詞とはいえ)当初納得がいかなかったのですが、この狂乱の時代においては彼の方が真っ当な感性を持っていて、数多くの人々を殺しながら素面でも生きていける土方や沖田の方が、実は「悪人」なのかもしれない。後でそんなことを思いました。
彼なりに筋を通して生きているからこそ、土方と反りの合わない山南敬助も印象深いキャラクターでした。原作での彼は沖田との心の交流があったりと、もう少し親しみやすい人間として描かれているため、映画ではやや描写不足に感じる点もありましたが、彼の発言一つ一つを追っていくと、当時の感覚としては決しておかしなことは言っておらず、ただ土方と相容れないだけなのだということが分かります。それでも同志としてどうにか共存できていた彼が、終盤とうとう離反してしまったことで、新撰組の瓦解が決定的なものになったと実感させられ、やるせない気持ちになりました。
不気味でユニークな山崎丞も、一度見たら忘れられないキャラクターです。「大名の御落胤」という噂に真実味を感じさせる、どこか上品な佇まいの藤堂平助や、冷酷無比なようでたまに人間味も感じさせる斎藤一なども抜群の存在感でした。

 

中でもやはり印象的だったのは、土方、近藤、沖田、井上の4名の関係性です。
試衛館の仲間の中でも特に親しい間柄だったと思しきこの4名は、京に上ってからも根本的な関係性は変わらず、ふとした会話に気安さが滲んでいて、どんな残酷なことをしても同じ人間なんだと感じさせてくれました。
だからこそ、土方と近藤の顛末には様々な思いが去来しました。方言や仕草など、人物造形が細部にもこだわっているからこそ、彼らが京で「田舎者」「農民」としてどんな目で見られていたか、どのように奮起していったかがよく分かったため、そんな二人の別離がこんな形で訪れてしまうのか、と心が痛みました。
様々なすれ違いが起こる傍ら、どこまでも万人に対して融和的だったのが沖田総司でした。誰よりも優しく、誰よりも残酷な彼はどこか人智を超越したような存在のようにも感じられましたが、人間としての温かみも溢れていて、その魅力はなかなか言葉で形容しきれないです。

 

他にも語りたいことはたくさんあるのですが、今回はとりあえずここまでにいたします。
沖田総司については、山田涼介くんのファンとしても、また改めて色々と書きたいと思います。
一度見ただけでも衝撃に打ちひしがれてしまうような作品でしたが、複数回見るとまた新たな発見があり、何度も映画館に通いたくなってしまいます。今この時にこの作品に出会えて良かったと、心の底から思いました。